2022年10月26日水曜日

本と書籍

日本語サークルメモ 4

池袋の日本語サークル 「日本語で話そう」(詳細→)でのメモ。


「好きな映画はなんですか?」
「好きな食べ物はなんですか?」

そんなふうに、いろいろなものの好みについて話しているとき、参加者の一人が言いました。

「好きな書籍はなんですか?」

この表現、間違ってはいない。だけど、日常会話の中で相手の好みを聞くときには、どちらかというと

「好きは本はなんですか?」

ですよね。それじゃあ、「本」と「書籍」ってどう違うんでしょうか?
上の例でいうと、「好きな本」と言うときの「本」は、その本にどんなことが書かれているかという、内容を指している。だから「ミステリーが好き」と、小説のジャンルを答えてもよいし、「エッセイが好き」と著作の形式を答えてもいいし、「芥川龍之介の河童が好き」と具体的な作品を挙げてもいいです。しかし、「好きな書籍」となると、「文庫が好き」だとか「新書が好き」だとか、なにかこう、形態のことを回答したほうがいいような気がしちゃうかなあ。

一文字で表せたり、ひらがなで書かれたり、訓読みしたりといった単語と、音読みの熟語とを比べると、前者のほうが意味が広く、後者のほうが意味が限定されていることが多い。本と書籍もこの例のとおり、「本」のほうが意味が広いというところはあるのかな。
ただ、すべての場面で「書籍」という単語を「本」に置き換えられるかというと、そんなこともない。
例えば図書館や書店で、「雑誌コーナー」や「新聞コーナー」など一緒にならぶ看板は「書籍コーナー」であって、「本コーナー」とはあまり書かれない。「本」だとカジュアルな感じがするし、口語的すぎる気もする。一方書籍だと、おかたい表現という感じ、文語的な気もする。「あちらで書籍を販売しております」と「あちらで本を売っております」はどちらも丁寧な表現だし公式な場所で使用できる表現だけれど、前者のほうがより仕事中の人の言葉っぽいし、後者のほうがやわらかい感じがするというか、例えば値切ったら安くしてくれそうだったり、古本やISBNのついていないような本も買えそうな印象を受けます。(実際にそうとは限らない)

こうやって考えてみると、二つの単語の違いを一言で言い表すのはとても難しく、こういう時はどっちかというとこちらの単語のほうが使われるんだなという経験を、少しずつ積んでいくしかないのかもしれません。
いや、でもいつかはこのニュアンスの違いを言語化してみたいものです。

ところでこの日は本と書籍のほかにも、一文字で表せたり、ひらがなで書かれたり、訓読みしたりといった単語と、音読みの熟語の対比例がいろいろと出てきました。


ぶつかる    ーー    衝突する
沈む        ーー  沈没する
幸せ        ーー       幸福
食べ物    ーー        食物

これらの単語は、使い分けられている以上、全く等価の言葉でないことは確かですよね。なんとなく、日々の会話では前者を、文字による伝達では後者が使用されがちということはありそう。音読みの熟語は少ない文字数で伝えたいことをかなり限定できるから文字と親和性がある一方、同音異義語が多くなるので、同音異義語の少ない前者は口語と親和性が高いというところもありそう。あとは、もともと大陸から渡ってきたままの形に近い熟語表現は、大和ことばより権威があったという歴史的な背景もあるのかもしれないですね。
公的文書や学術分野では熟語がいっぱい使われているほうがものものしく、権威を示せるような印象があり、説得力が上がるような感じがします。一方ビジネスシーンでもプレゼンなどがうまい人は前者の単語を機能的に利用できている印象がありますかね。小説や詩などの芸術分野では、前者のやわらかさや端的さ、熟語のもつかたさ、権威を配合するバランスが非常に重要になってくるのかもしれません。

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